こんにちは、ケアマネのとうえのです。
高齢者と関わるという職業ゆえに、その方の最期を聞くことは多いです。
病院に入院してしばらく後、家族から亡くなりましたとの一報や、急に容態が悪くなり救急搬送された後お亡くなりになった話などなど。
関わらせて頂いて、亡くなったということを聞くのは悲しいですが、しょうがないこと。
人間はいつかは死ぬのですから。
そして担当していたのならば必ず報告が入ります。
生前に話を聞いていて、(あぁこの人は死を身近なものとして意識し始めているんだ)とちょくちょく感じることがありました。
それは自分の身体が弱ってきたとか、自分の周りの人が亡くなったこととか、病気が進行してきたなどとか、あの世に行った旦那が早く迎えに来ればいいとか話される時に思ってしまいます。
「死ぬ時はコロッと逝きたいねぇ」
「布団で眠っててスーッと逝ければいい」
など、かなりの確率でこの手のお話を聞いています。
誰しも苦しんで逝くことなんて望んではいないのです。
そして最期を迎える間際も楽に過ごせていればいいと望んでいるのです。
付け加えて、誰にも迷惑をかけないようにしたいというのも考えている方はたくさんいらっしゃいました。
身体は寝たきりになってしまった方で「こんなはずじゃなかったのにね」と涙ぐみながら話されてきた方もおりました。
望めば願いは叶う、ことは少ないかもしれません。
望まないことが起こる確率の方が実際は多いようです。
しかし希望を持って過ごすか、諦めて過ごすかではQOLに違いは出てくると思われます。
自分の人生の最後はこうなりたい、こうしたい、こうしてもらいたい、こうであって欲しい、例えそれが叶わなかったとしても、そこに近づけることはできるのではないでしょうか。
その望みに近づくことで自分を満たすことができるのならば、考えてみることもありだととうえのは考えます。
早い段階でエンディングノートなどに書き示しておくことも、万が一自己表現が難しくなった場合に有効ですよね。
今回は書き綴ってみて、少し重いお話になってしまった気がします。
それではこの辺で。